撮り鉄の鉄道ノート

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富吉駅は名古屋線で3番目に新しい駅だった。設置の理由は、ほぼ近鉄の都合だと思う

富吉駅は名古屋線で3番目に新しい駅だった。設置の理由は、ほぼ近鉄の都合だと思う

引用:Google Map

富吉駅には車両基地・車庫が併設されとります。

始めっから車庫があったのか、そうでないのか・・・

富吉駅は桑名~名古屋の開通時にあったのか

まずはその辺から調べてみました。

この記事の内容
  • 富吉駅はいつできた?半分以上は近鉄の都合と思われる
  • 富吉駅の元ネタは何だ?関係ありそうな寺社と遠すぎ
  • 富吉駅を作った経緯的に、何もなさすぎてヤバイ?

富吉駅はいつできた?半分以上は近鉄の都合と思われる

富吉駅はいつできた?半分以上は近鉄の都合と思われる

引用:Google Map/Naoki Tagami

富吉駅は1964年12月10日に新しくできました。

近鉄名古屋線の中では3番目に新しい駅です。

今の所、1番新しい駅は南が丘。2番目は新正です。

>>名古屋線で2番目に新しい新正駅、駅構造が特徴的

富吉駅ができた理由

富吉駅ができた理由は主に2つ。

  • 車両基地、検車区が欲しい
  • 佐古木~蟹江間が4キロある

将来的に輸送力を高めるために、多くの車両を置いておくスペースが必要です。

そこでまだ開発されてない土地を探した結果、富吉に駅ができました。

また、佐古木と蟹江の間は4kmほど離れています。

愛知中心部の名古屋市にも近くて、12kmほど。

駅間距離的にも1つ駅を置いても良いくらいだし、名古屋市にも近いという事で選ばれました。

地形的な事情

地形的な事情

引用:国土地理院地図1961-1969

富吉の位置は、ちょっとだけ佐古木寄りで、だいたい真ん中と言っても良いです。

ど真ん中は日光川に近いって事もあり、善太川(ぜんたがわ)と挟まれた土地の真ん中寄りにしたようにも思えますな。

富吉駅・検車区のスペック

富吉駅は島式2面4線の駅で、3番だけ5両。他は6両までOK。

主線は1と3番なんで、一般的な2面4線駅とは配線が違います。

富吉駅配線図(一部)

富吉の車両基地は約41,600㎡

高安は全部で73,000㎡くらいなんで、半分よりちょい広めくらいです。

名古屋線所属の一般車両が所属していて、アーバンライナーはplusもnextも含めた全編成がここ富吉に所属してます。

ひのとりの登場で転属したわけでじゃなく、nextの配属に合わせて統一されたようです。

富吉駅の元ネタは何だ?関係ありそうな寺社と遠すぎ

富吉駅の元ネタは何だ?関係ありそうな寺社と遠すぎ

引用:Google Map

富吉駅の住所は蟹江町富吉一丁目ですが

実はこの住所、2012年から付けられたもので、元々は蟹江新田与太郎でした。

どっから出てきた「富吉」

「富吉」という地名自体は古くからあり、蟹江地区の一部は富吉荘と呼ばれてました。

1197年には高倉院法華堂の領地として、あてられました。

この富吉という名称自体の由来については、よく分からん。

具体的なエリア範囲も分かってなくて、蟹江と富吉が一帯の2大地名だったようです。

冨吉建速神社・八劔社

冨吉建速神社・八劔社

引用:Google Map

須成神社とも言われてます。

蟹江山龍照院も同じ敷地内にあって、今からすれば珍しいですが、神仏習合の時代からあったんで、全然珍しくもありません。

最寄り駅はJRの蟹江駅で、富吉駅からはかなり離れてます。

本殿が重要文化財

主祭神は、スサノオです。

富吉駅からはかなり離れてますが、この神社は行ってみる価値あり。

富吉駅の由来は富吉荘だろね

蟹江あたりは、蟹江郷や富吉荘と呼ばれてました。

蟹江は使っているし、蟹江新田だと間違う可能性があるし。

近くの農業集落名「百保(ずんぼ)」でも良いと思うんですけどね

なぜか、富吉を採用しました。

富吉駅の住所、富吉一丁目723は元々、蟹江新田与太郎18-5でした。

与太郎駅ってのもネタにはなりますが・・・ネタに走らなかったのでしょうか。

参考:町名地番変更

富吉駅を作った経緯的に、何もなさすぎてヤバイ?

富吉駅を作った経緯的に、何もなさすぎてヤバイ?

引用:Google Map

富吉駅のあたりは、もともとが農地だらけの土地で、チラホラと民家があった所でした。

日光川沿いにはズラっと並んでたんですけどね。

多分、危険だし堤防の整備などで立ち退きを喰らったんでしょう。

蟹江のほとんどは海抜0m未満です。

東海地震なんかあれば、津波でやられてしまいます。

んな事もあって、新しめの住宅地だらけです。

大野城

大野城跡

引用:Google Map

城の面影は全くなく、石碑だけあります。

蟹江城の支店みたいな位置づけで築かれました。

1584年の蟹江合戦では、大野城主・山口重政が活躍しました。

母親を人質に取られてもなお、敵を攻撃しまくりました。

こっから徳川に形勢が傾いたと言われてます。

※この後に小牧・長久手の戦いが発生する

富士浅間神社

富士浅間神社

引用:Google Map

小さな神社ですが、キレイに管理されとります。

恐らく御朱印はなし。

拝む方向に富士山があるんでしょうね。

地理院地図でみたら方位ズレがありますが、地球は丸いんでその分を考慮すると正確かも。

住宅街と国道1号線

住宅街と国道1号線

引用:Google Map

富吉のURは1972年くらいにできてて、築53年です。

それでも空室がほぼ無いようで、結構人気。

なんせ駅直結ですからね。

ほんで駅すぐが国道1号線です。

国道沿いにはロードサイド店が並んでて、生活には不自由しません。

娯楽はありませんがね。

災害リスクの事を抜きにしたら、住みやすい所だとは思います。

名古屋駅まで普通で15分ほど。

始発駅なので座れるって所も良いでしょう。

まとめ:富吉駅はわざわざ訪れる所ではない・・・けど撮り鉄は行くかも

富吉駅はわざわざ訪れる所ではない・・・けど撮り鉄は行くかも

引用:Google Map

車庫があるんで、好きな人は行った事がある人はわりと居るかも。

下車して、何か見に行くって所ではありませんね。

マジで住宅くらいしかなくて、有名な寺社や史跡はありません。

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