引用:Google Map
今回はX(Twitter)でリクエストがあった松阪駅を取り上げます。
- どんな歴史を歩んできたのか
- 松阪という地域、ブランド牛の話
- 松阪駅周辺、今後の展望
この辺の話をしてゆきます。
松阪駅の歴史。他にも路線があった松阪のまち
引用:Google Map
1893年12月31日、当時は参宮鉄道という会社が作り、後に国鉄のモノとなります。
その後、参宮急行電鉄が1930年3月27日に松阪駅を開業しました。
大軌スタイルの路線開業・山田線
近鉄山田線は1930年3月27日に開業。
松阪~宮町間を開業し、同年の5月18日に松阪~伊勢中川が開業しました。
これが大軌スタイル。
名古屋線みたいなチマチマ開業とは、やり方がまるで違います。
というか、この区間を一気に開業しないと意味がないんですよね。
都市と都市を繋いでこそ稼げる路線となるのです。
下り退避線を設置
1969年10月16日に待避線が設置されました。
松阪駅の真ん中にある待避線は、松阪で折り返す急行が停まってる事が多いですね。
どのようにして追加されたかはハッキリしてませんが・・・
多分、こうやって増やしたと思います。
そう推測した理由は3つ
- ホームの移動は大変
- 下り線の線形が不自然
- 増設するとしたらJRの反対側の方が簡単
松阪駅の前後、下り線だけが少し曲げられているように見えました。
引用:Google Map
松阪軽減鉄道大石線/大口線
かつて松阪には他にも鉄道の路線がありました。
伊勢電の路線もありましたが、今回は松阪軽減鉄道大石線/大口線を取り上げます。
地元の足でもあり、貨物を運ぶためにも使用されたみたいです。
※伊勢線は、伊勢電気鉄道の路線。後に関急の伊勢線となり、廃線になりました。
引用:Google Map
路線はこのようなルート。
海側は港まで。
線路はほぼ道路に転用され、今は三重交通バスで補完されてます。
後に三重電気鉄道の仲間に入りましたが、近鉄に鉄道部門を譲る前に廃止されました。
松阪駅だった所は、三交百貨店になりましたが百貨店は閉店して、現在駐車場になってます。
松阪市の歴史。なぜ畜産でバズるようになったのか
松阪といえば松阪牛です。
なぜ牛肉が有名になったのか。
松阪という地名は、どうやって付いたのか。
ちょっとした日本史も振り返ってゆきます。
日本三大和牛「松阪牛」
松阪と言えば松阪牛ですね。
「松阪牛」と認定されるには、基準を満たす必要があります。
- 黒毛和種で、子を産んでないメス
- 個体識別管理システムに登録
- 生産区域内での肥育期間が最長かつ最終地
- 区域に入った後、外に出してない事
- 生後12ヶ月までに生産区域に入れる事
結構厳しいでしょ。
ちなみに、黒毛和種ってのは和牛でも最高クラスで、元祖「但馬牛」がこれ。
神戸牛、近江牛、前沢牛と名だたる牛ブランドが黒毛和種からとれる肉です。
特に松阪牛はメスで、子を産んでない牛を選んでます。他は知らん。
その理由は柔らかい肉質だから。
オスよりはメスの方が筋肉質でないし、母牛よりは処女牛の方が滑らかな肉質なのです。
松阪牛が有名になった経緯↓
- 農作業用に牛を買い付け
- 松阪で育ててたら、なんか良い感じに育った
- 幕末には松阪の牛肉がちょっと有名に
- 肥育ノウハウを導入
- 全国の牛肉博覧会で名誉賞を受賞し、有名に
「松阪」の由来は何?
「松阪」の由来は、複数説があります。
この城は秀吉に仕えた後、新たに作った城で、完成した時に城下町を「松坂」と改めたそうです。
最初に入った城は「松ヶ島城」
その南約4kmほどにあった、小高い所に建てたのが松坂城です。
引用:Google Map
江戸時代には古田重勝が松阪城に入りましたが、松坂は紀州藩の領地となってしまって、古田家は2代で終わりました。
目安箱は、今で言うご意見箱。
公事方御定書も作りましたね。今で言う、六法全書みたいなもんです。
火災対策法や、財政の立て直し、医療政策と良い事ばっかりしてるようで、実は増税政策もやらかしたマイナス面もありました。
松阪市ゆかりの人物「本居宣長」
松坂市役所からほど近い所に、本居宣長の旧宅跡地があります。
で、この人何した人?名前は覚えてるけど・・・と思う。
功績といえば「古事記伝」
この古事記伝は現在でも、日本の古代史研究にとって重要な文献として、使用されてます。
参考:本居宣長と古事記伝
他にも松阪市ゆかりの人は結構居ますが、多くの人が「あぁ」となるのはシンガーソングライターの"西野カナ"でしょう・・・多分、知らんけど。
ちなみに現在は、無期限活動休止中。理由は結婚。
「会いたくて会いたくて」や「トリセツ」を作詞、歌った人です。
松阪駅前にある「鈴」は何?
引用:Google Map
松阪駅のJR側ロータリーには「驛鈴」という物体のモニュメントがあります。
これは鈴で、馬に付けていたものです。
- 昔は人や荷物を運ぶ動力は馬
- その馬に鈴を付けて利用するルールができた
- 馬を繋いでいた所を駅家という
馬は電車みたいに永遠走れるワケないので、休ませる所が必要でした。
そっから「駅」という漢字ができたのです。
松坂の「驛鈴」は、本居宣長が源氏物語を浜田藩の松平藩主に教えた時に貰った鈴らしい。
そして現在は松阪市のシンボルとして、モニュメントやマンホールのデザインになりました。
松阪駅周辺はまだまだこれから進化する
引用:Google Map
他にも拠点駅として伊勢中川駅を挙げてますが、人口密集地でもあり、官公庁もあるのは松阪駅周辺ですので、特に松阪駅周りは重点的に整備計画が立ってます。
松阪駅周辺の都市計画
引用:Google Map
松阪駅のメインゲートである西側は、バス停留所が集まっている事もあり、駅前広場の整備を強化する予定とのこと。
近鉄側の東側についても、利便性の向上、土地の有効利用を計画しています。
駅が利用しやすいよう、駐車場や駐輪場も確保するようです。
ですので、三交百貨店跡地はそのまま駐車場として利用される可能性があるでしょう。
単に平面駐車場から立体へ変わるかもしれません。
もしくは複合施設に立体駐車場を備えた建物ができるかも。
都市と史跡が織り交ざる松阪の街並み
松阪駅周辺は、住宅地もありつつ駅前にはビジネスホテルがあり、所々に史跡。
どっちかというと静かな方です。
観光拠点として、松坂城跡周辺は整備計画が立ってます。
もちろん史跡などの保全も行われ、上手く都市と融合する町づくりを松阪市は計画。
松坂城を築城した"蒲生氏郷"を松阪市は推していて、大河ドラマなどでサブキャラではなくメインキャラで・・・と以前から考えてはいるようですが、まだ実現に至ってませんね。
JR東海とは勝負にならない近鉄の力
三重県の統計書による乗車人員の平均は2019年で
- 近鉄:7533人
- 東海:1702人
4.4倍ほど近鉄の方が多いです。
近鉄は最近、乗車料金の値上げを行いましたが、東海とは比較にならない利便性で客離れが起こりづらい状態。
伊勢/津/四日市と3都市で比較しましたが
- 近鉄の方が少し料金高め
- 所用時間はマチマチ
- 運行頻度が圧倒的に違う
明らかにJR東海の方が本数が少なく、べらぼうに値段が高いワケでもない。
基本的に近鉄の方が速いので、総合して近鉄に軍配が上がります。
今後もこのパワーバランスは変わらないでしょう。
まとめ:松阪は鈴と牛でできている?
引用:Google Map
松阪といえば松阪牛。松阪駅周辺に多くの店がありますし、あら竹のお弁当も有名です。
観光資源は、ちょい弱め。ですので牛肉推しで盛り上がらんかなぁと個人的には思います。
鈴(馬に付ける鈴)も駅前モニュメントやマンホールに描かれてますが、それ程・・・という感じ。
しかし松阪市の中心駅ではあるので、駅周辺は今後の変化に注目です。
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