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志摩磯部駅にある3番線は何のため?駅の歴史も一緒に調べてみた

志摩磯部駅にある3番線は何のため?駅の歴史も一緒に調べてみた

引用:Google Map

志摩磯部駅は妙に駅の造りが特別で、あまり使ってなさそうな3番線があります。

しかも3番線は構造上、賢島方面にしか行けない。

何だか色々とありそうな駅・・・一体、どんな歴史があるのか調べてみました。

この記事の内容
<<上之郷
穴川>>

志摩磯部駅の歴史。大幅な駅名変更からの隆盛。そして衰退

志摩磯部駅の歴史。大幅な駅名変更からの隆盛。そして衰退

引用:Google Map/江戸川奏汰さん

志摩磯部駅は、しまかぜ以外の特急が停まる駅です。

駅舎は立派で、駅前もちゃんと整備されていて、周りはそこまで田舎感がしない雰囲気なので

特急が停まってもおかしくはないかな

とは思いますが、何かがおかしい・・・

なんで異国風?

志摩磯部駅の階段

引用:Google Map

明らかに埋めただろ、みたいな階段横の壁。

この違和感は、駅の歴史を振り返るとスッキリします。

迫間駅

志摩磯部駅という名前は後から付いた名前で、最初は迫間駅でした。

1929年7月23日に開業。

鳥羽~真珠港と、現在の近鉄志摩線の開通時に同時開業しました。

※真珠港駅は廃駅、賢島駅よりちょい先

志摩磯部駅の場所

引用:Google Map

駅の位置は今よりちょっとだけ鳥羽寄りの、このあたりでした。

現在の場所は、開業時期には何もない所です。

磯部村の迫間地区に置いた駅だから、迫間駅。

迫間も1889年4月1日以前は、迫間村と呼ばれてました。

オーナーの合併と移転工事

今や近鉄志摩線ですが、かつてはただの地方鉄道。

鳥羽と賢島を結んでいただけで、貨物と観光者、地元住民の足として活躍してました。

色々とあり、近鉄が所有する事になります。

詳しい経緯はこちら→近鉄志摩線の歴史。開業にゴタゴタした地方鉄道をご覧ください。

近鉄は1950年代頃から志摩半島の開発を進めてました。

本格的になったのは1967年以降で、1970年に行われる大阪万博に合わせて、かなり投資をしました。

そして1969年12月には孤立路線だった志摩線が山田線と繋がり、1970年3月には狭軌だった志摩線標準軌に変わりました。

迫間駅は移転し、志摩磯部駅に改称。

今後の志摩半島開発に向けて開発しやすいように、とりあえず駅の位置を変えたようです。

志摩磯部駅(今の場所)

引用:国土地理院地図航空写真

1974-1978年の段階でコレです。

まだただ駅が移転して1面2線になっただけで、立派な駅舎はありません。

志摩スペイン村の開園・・・しかし

近鉄志摩半島の開発の中でも大プロジェクトのスペイン村を、磯部地区に置きました。

ただ、当初の計画よりは少し縮小したようです。

バブルの崩壊ですな。

そして何とか1994年4月22日に開園。

この開園に合わせて志摩磯部駅を橋上駅舎に改良。

スペイン村に合わせて、スペイン風のデザインにしました。

副駅名「志摩スペイン村」も付いてました。

ですが2004年に、その座ははく奪されてしまいます。

という理由で(多分)志摩スペイン村の玄関口は、志摩磯部駅から鵜方駅に。

こうして、閑散としてるのに妙に力の入った駅舎だけが残される事になりました。

志摩磯部駅にある3番線は、特急の休憩地

志摩磯部駅は賢島方面ホームの横に、1本線路があります。

ここには短い時間ですが、伊勢志摩ライナーが停まっているそうです。

※2024年3月改正後ダイヤでは未確認

賢島は最大5本まで停められて、うち1本は各駅停車用です。

特急が次から次へとやってくるんで、次の出番まで待ってもらう余裕がありません。

ということで、志摩磯部駅の3番線を使ってるみたいです。

土休日ダイヤに限ると、12時11分頃に駅の上下線に伊勢志摩ライナーが停まります。

3番線も合わせて、3本の伊勢志摩ライナーが並ぶ光景が撮れる・・・かも?

運が良いと、色が揃います。

志摩市磯部地区の特徴、2説ある磯部の由来

志摩市磯部地区の特徴、2説ある磯部の由来

引用:Google Map

次は磯部について

どんな地域なのか、地名の元ネタや歴史を調べてみました。

志摩磯部駅(初代)は別の駅だった

志摩磯部駅は後からこの駅名になりましたが、その前から志摩磯部と名乗ってた駅があります。

それが今の上之郷駅。

志摩磯部の隣の駅ですね。

これにはハッキリとした理由が見えていて

  1. 開業当時は磯部村というくくり
  2. 磯部村は五知・沓掛・上之郷・迫間・穴川の範囲
  3. このうち上之郷が最も規模が大きかった
  4. 村役場が上之郷の範囲、恵利原に置かれてた
  5. すでに群馬県と石川県に磯部駅があった

こういう理由から、上之郷駅が志摩磯部駅となってました。

上之郷駅と志摩磯部駅

引用:国土地理院地図

1961~1969年の航空写真を見ると上之郷の方が栄えてそうな感じです。

「磯部」の由来

磯部村が発足したのは1889年4月1日。

上之郷村・下之郷村・飯浜村・山田村・沓掛村・五知村・迫間村・築地村・恵利原村・穴川村・坂崎村が一緒になりました。

志摩スペイン村の辺りは、坂崎村地区。

こういう点からも、志摩磯部駅を玄関口としてたのかも。

ポっと出てきた「磯部」ですが、磯部自体はかなり昔から使用されてたようです。

一説は、磯部氏によって開拓された地域。

もう1つは、磯に広がる部民の集落だった事から、磯部と言われてた説です。

部民べみん

大化改新より以前、朝廷や豪族に仕えたサラリーマンみたいな人たちのこと。

職業によって、海部、錦織部、物部と言われていた。

海部は海辺に住んで、海産物を納めた人たち。

織部は錦や綾を織る、織り職人。

物部は、朝廷の兵や刑罰に携わった、今で言う警察みたいな感じです。

磯部については記載がありませんでしたが、同じように考察すると・・・

磯の辺りに住んで、産物を納めてた人たちの事・・・かもしれません。

ちなみに「磯」ってのは岩石海岸の事です。

志摩磯部駅あたりの「迫間」

志摩磯部駅あたりの「迫間」

引用:Google Map

迫間は、日本各地色んな所にあって

村の両側に山がある地域によく付けられる地名です。

志摩磯部駅あたりは川を下って行けば、海に出れる所ではありますが、この辺りはどっちかというと農作物の方がメイン。

川を挟んだ海側の農地は、おそらく米です。

ちょうど9月のストリートビューがあって、稲穂が見えるんで。

他にも、志摩市全体で見るとメロンやサツマイモ、ユリ、ナス、イチゴの栽培が多いそうです。

志摩磯部駅前が改良される可能性アリ

志摩磯部駅前が改良される可能性アリ

引用:Google Map

志摩磯部駅は、志摩スペイン村の玄関口から降格されられるし、設備減になるし

かなりやられてます。

ですが、志摩市としては捨て置けないようです。

志摩市の交通要所の1つ

志摩市の交通要所の1つ

引用:Google Map

鉄道は近鉄しかありませんが、バスセンターが置かれてます。

これもスペインっぽいデザインですね。

こっから公共交通機関でしか行けないのが、南伊勢町志摩市の隣です。

この辺りでは陸の孤島で、紀勢本線も通ってないし、近鉄もないのでバス一択。

またバスセンターには多くの路線が集まっていて、利用者がまぁまぁ居るみたいです。

志摩市には意見が寄せられていて

  • 鉄道との接続悪すぎ
  • 志摩磯部駅からまぁまぁ歩く
  • 駅前広場にバス停置けば良くね?

という事で、志摩市は動きました。

2024年3月志摩市地域公共交通計画によると

志摩磯部駅へのバス乗り入れ、現在調整中・・・2025年から実施する予定です。

参考:志摩市地域公共交通計画2024年3月(PDF)

駅前にはパっと見、バス乗り場がありますが今は使用されてません。

タクシーだけです。

スペースはあるんで、バス停の設置はすぐ出来るでしょう。

志摩市唯一の普通科高等学校

志摩市唯一の普通科高等学校

引用:Google Map

志摩磯部駅の近くには、三重県立志摩高等学校があります。

志摩市普通科高校は、ここだけ。

高等学校によると、志摩市内の90%の中学校出身者がココに通ってるそうです。

参考:三重県立志摩高等学校

通学利用者もまぁまぁ居る事から、駅の衰退はそこまでヒドくなったみたいです。

佐美長神社と磯部神社

佐美長神社と磯部神社

引用:Google Map

どちらも伊勢の神宮の所管社です。

上之郷駅の近くにある伊雑宮とセットで参拝すると、良いそう。

特に正月には、伊雑宮→磯部神社→佐美長神社の順番で三社詣をする習わしがあります。

磯部神社の方には日や時間帯によって人が居るそうです。

御朱印は、磯部神社で貰ってください。

川辺の桜提

川辺の桜提

引用:Google Map

志摩磯部駅から少しばかり上之郷方面へ歩くと、桜並木があります。

といっても、本数は少ないですが

神路川に垂れる桜の枝と、その奥を走る近鉄車両とのコラボが見れます。

時期を狙えば、良い写真が撮れそうなスポットでしょう。

まとめ:志摩磯部駅の風貌と今の雰囲気にギャップがある理由は

志摩磯部駅の風貌と今の雰囲気にギャップがある理由は

引用:Google Map

妙に気合入った駅舎ですけど、がら~んとしている志摩磯部駅

これは、かつて志摩スペイン村の玄関口として機能していたからです。

志摩市の合併や、鵜方駅のある阿児地区の方が規模が大きい事。

鵜方駅からの方がスペイン村に近い事から、玄関口としての役目をぶん捕られたせいです。

とはいえ、特急停車駅のままなんで行きやすい所ではあります。

<<上之郷
穴川>>

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