
信貴山口駅は信貴線の終着駅で、ケーブル線との乗換駅になってます。
駅名からして、信貴山・朝護孫子寺の参詣ルートのためだけに作られたような駅です。
ですが、ただの通過駅と思ってスルーするのは少し勿体ないかも・・・
信貴山口駅、実は途中で駅名を変えていた。駅の来歴は

信貴山口駅は近鉄信貴線と西信貴ケーブルの開通に合わせてできた駅です。
この事からも主な目的は、信貴山へのアクセスだった事が分かります。
信貴山口駅
1930年12月15日、信貴山口駅が開業しました。
近鉄信貴線の河内山本~信貴山口、西信貴ケーブル線の信貴山口~高安山が開通した日でもあります。
この路線を作ったのは、信貴山急行電鉄という会社。
大阪電気軌道の系列会社です。
かなり前に廃線となった、高安山~信貴山門までの山上鉄道を作ったのもココ。
ケーブル線との乗り換えだけが目的か?
あくまでもイチ個人の推測だけど、そんな事は無い。
駅に近い住宅地は後からできたようだけど
- 八尾市郡川4丁目~5丁目付近
- 教興寺6丁目~7丁目付近
- 黒谷3丁目~4丁目

この辺りに民家があるので、ケーブル線との兼ね合いも考えて設置されたと考えられます。
謎の駅名変更
1948年7月1日、信貴山口駅は東高安駅に駅名変更しました。
この記録については、あるにはあるみたいだけど詳細は理由については不明でした。
参考:『日本鉄道旅行地図帳』 8 関西1、新潮社、2008年、24頁
ですが、わざわざ変更する必要性はあったのか・・・疑問ですね。
しかも終戦から3年後です。
1948年は一段落したのか、各自治体が「市」にランクアップした所がまぁまぁありました。
だけど、信貴山口あたりの南高安村は1889年に発足したし、「町」になったのは1953年の事です。
駅名が元に戻ったのは、1957年3月21日の事でした。
この日は戦争で止まっていた西信貴ケーブル線の復旧日です。
このことから考えられる説が1つあって
多分これが「東高安駅」と一時的に変更していた理由です。
信貴山口駅から行ける日本唯一の神社
天照大御神高座神社といって、皇祖神アマテラスの名前が入った唯一の神社です。
車で行ける事は行けるけど、狭くて勾配がきついので、推奨できません。
岩戸神社の方は弁財天を祀った神社なので、どっちかというと仏教寄りでした。
天照大御神高座神社は古墳時代に神宮から遷座してきたそうです。
ただ、古過ぎて謎過ぎる神社だという話。
まぁ位置関係的に紀伊半島を挟んで神宮は東にあるし、こっちは西の少し高い場所にあるんで、日の入りを意識して設置されたのかもしれんね。
まとめ:信貴山口駅で途中下車してみる?

信貴山口駅は性質上、信貴山・朝護孫子寺に行くための途中駅でしかないんですが
まぁまぁ歩くけどアマテラスの名を冠した唯一の神社があります。
地名にもなっている教興寺も有名です。
こちらは距離的には信貴山口駅からの方が短いんだけど、道が少しわかりづらいので高安駅から行く事をオススメします。
関連記事はこちら→高安駅は将来、高架駅になる?話は挙がってるけど・・・まだ白紙ではないよ
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