
忍海駅もなかなか読めない駅名です。
地元の人とか、近鉄に詳しい人は「おしみ」と読めますが、初見で読める人は居ないと思います。
何が由来なのか。こんな内陸でなぜ「海」と付いているのか・・・調べてみました。
- 忍海は名前由来だった。超珍しい苗字、忍海辺さんとの関係
- 忍海駅は移転してた。移転の理由は
- 歴史ある葛城市忍海地区
忍海駅の歴史と由来。初見で読めない難読駅名の元ネタは何だ?

引用:国土地理院地図
あとはJR桜井線とかよく出そうですね。
知らなければ1発で読む事はできないでしょう。
その由来は何だったのか、調べてみました。
忍海とは人名
忍海のあたりには、かつて忍海さんという人が渡来して根付いたそうです。
もちろん、ただのそこらの人がやってきただけじゃ地名には残りません。
鉄の生産技術を持っている人たちで、元興寺(飛鳥寺)の建設にも関わってたそうです。
参考:葛城市-大字紹介-忍海(おしみ)
舘野和己『史料に見える葛城の漢人と金属技術者たち』奈良女子大学21世紀COEプログラム〈ヤマトの開発史〉
こうして「忍海」という地名が先にできたと考えられます。
のちに天皇候補だった2人の皇族が、忍海から離れて播磨へ行ったらしい。
この事は記紀に記述があって、兵庫県三木市付近と推測されてます。
で、実際のところ「忍海辺」(おしんべ、おしうみべ)という珍しい苗字の人が全国70人くらい居て、兵庫県三木市に多いらしい。
参考:名字由来net
天皇家は苗字がないし、今でも言う人が居るかどうか分からんけど、親戚に対して自分の住んでいる地名を言う人が居ますからね。
苗字が同じだから、富田林の・・・と言いました。私の父方の親戚は。
だから便宜上「忍海」を使ったのかもね。
忍海駅の開業
忍海駅は1930年12月9に開業しました。
現在の駅の位置は、かつての場所より95mほど南となってます。
移転の理由は明確に書いてなかったんですが、どうも調べてみると駅前広場の設置年と同じだったようです。

当初の場所では駅前広場を作るスペースが取れなかったのか、ちょっと南に移してリニューアルしたと考えられます。
忍海駅や駅周辺の状況
忍海駅は1面1線の地上駅です。
出入口は駅の東側のみ。西側からは踏切を渡るか(駅の北)、高架をくぐるか(駅の南)の2択になってます。
忍海地区は駅の西側なんですけど、向きが逆になっとるのは国道168号線側に駅前広場を設置して、車でのアクセスを良くしたかった・・・と考えられるでしょう。
葛城市は、今以上に何か変える事は計画してなさそうでした。
ちなみに駅の東、葛城川の周辺には工場地帯があります。
これは1970年代頃から進められた誘致地区らしく、でけぇ所といえばシャープ葛城工場や大同薬品工業(ダイドーGHD)です。
歴史ある忍海地区の見どころ

忍海駅のすぐ近くには葛城市歴史博物館があるし、実は古墳群なんですって所もあります。
どれも駅から近いので、行きやすいですよ。
角刺神社
この人は、ある意味で最初の女性天皇と言われてます。(正式に神器を継承したわけではない)
22代の清寧天皇のあと、一時的に政務を行った人だから飯豊天皇と呼ばれる事もあるのです。
21代、雄略天皇が皇位継承者を飛ばしてしまったし、清寧天皇は早くに崩御された事で、子供が居ない。
次の天皇が決まるまで、仕事を引き継いでいたそうです。
日本書紀によると10ヶ月ほど。だけど、この辺りの系譜とかあれこれは歴史学においては疑義が多い所なので、実際はどうなってたのかは、不明とされてます。
飯豊青皇女そのものもハッキリしてなくて、17代履中天皇の皇女か孫って関係らしい。
参考:飯豊女王
飯豊御陵は近鉄新庄駅からの方が近いです。→「北花内大塚古墳」で検索されたし。
石光山 古墳群
駅の南西にある、小高い丘です。
住宅地の中にある、なんか小さな山に見えるけど・・・実は古墳群。
皇族系の古墳とは違い、小さな石室がごろごろとあります。
かつては今より倍以上にデカかったのですが、西半分が宅地造成されて消えました。
出土した副葬品から、渡来系氏族とはまた違う系統の集団の古墳ではないかと推定されてます。
参考:石光山古墳群
丘陵部の中に入るのは自由です。
あっちこっちに階段とかあるので、探してみてください。
袖の松旧跡
駅の東側、和歌山線のすぐ横に石碑があります。
マンダラを織るための糸を角刺神社のハスから取りたいとお祈りしたら、良い糸が取れたらしい。
その時のお返しに植えた松の木があったんだとか。
石碑の隣に松の木がありますが、登場人物が居たのは770年頃・・・松の木は徹底的に管理しても1000年と持たないらしいので、植えた松はもう枯れてるんじゃないかと思われます。
葛城市歴史博物館
駅の西側、すぐ近くです。
葛城市の歴史。古代の豪族は誰が居たとか、出土したものを展示しています。
- 時間:9時~17時
- 観覧料:一般200円
- 休み:年末年始、火曜日、第2・4水曜日
まとめ:忍海駅周辺は技術者の町だった

忍海という駅名、地名の由来は人名だったようです。
特に鉄関連の加工・・・鍛冶が得意だったらしく、歴史的建造物の建設に携わってたらしい。
なぜそんな名前にしたのか・・・まではよく分かってませんが、半島でも海に近い所に居たんじゃない?と推測されてました。
今回紹介した場所は、全部駅から歩いて行ける範囲です。
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