
中菰野駅は菰野駅の西側にあり、いかにも追加された風な駅ですが、開通当初からありました。
1度駅が消滅した事もありました。
その辺が個人的に「?」だったので調べてみました。
中菰野駅の謎。駅名と位置関係。1度無くなった理由は何?

引用:国土地理院地図
中菰野駅は菰野町でも特に中心地となってるエリアに設置された駅です。
だけど、この地区には菰野駅もあります。

明確な答えは無かったんで、あくまでも個人的な意見です。
「中」菰野駅になった理由
定説はありませんが、多分「菰野城」に近い方だから中菰野とした・・・と考えられます。

城がある方を「上」としたり、城の辺りを「中」と表現する事は、まぁある事だろうと思います。
またこれは関係あるかどうか分からんけど、菰野藩は1度として一揆が起こらなかった藩だったそうです。
年貢の取り立てが穏やかだったらしい。
菰野藩の場合は五公五民に近い数字だったんで、割合としてはそんな珍しい数字じゃありません。
だけど小さな藩だからこそ新田開発に積極的で、新しい田んぼから取れた分は減免してたそうです。
参考:菰野町史
そういった歴史的な行政と民衆の関係性も理由かな、と思います。
中菰野駅
1913年6月1日、中菰野駅が開業しました。
この日に湯の山温泉駅~伊勢川島駅が開通。全通したのは1916年でした。
中菰野駅の両隣の駅は湯の山温泉と菰野。まだ大羽根園駅はありません。
大羽根園駅、開業の経緯とかはこちら→湯の山線で1番新しい「大羽根園駅」を調べてみたら由来が謎すぎた

中菰野駅の周りは1961年~1969年の航空写真で見てもこれ。
旧菰野城には近いけれど、どっちかというと駅の南の方にある街のために設置された感もあります。
そんな理由なもんだから、駅の出入口は南にしかありません。
道路があって出入口を作れないってのも1つの原因ですな。
中菰野駅、廃止。からの再開業
この時、中川原駅のすぐ東にあった芝田駅も廃止に。
参考:官報「軽便鉄道停留場廃止」国立国会図書館デジタルコレクション
理由はよく分かってません。
設置しすぎたから一旦整理したとも考えられます。

芝田駅は中川原駅や堀木駅が近くにあったので、そのまま廃止に。
中菰野駅は「無いと不便だ」という声が多かったからなのか、1927年に再開業しました。
中菰野駅の状況
中菰野駅は駅名だけ見ると菰野町の中心?みたいな名前ですが、数値で見たら菰野駅にボロ負けです。
2024年11月12日の乗降人員計測では、菰野駅2006人。中菰野駅950人でした。
菰野駅は県立菰野高等学校が近くにあるので、通学利用で底上げされてます。
役所とかは中菰野駅の方が近いけど、やはり中心駅は菰野駅の方。
菰野町の都市マスタープランを見たけど、中菰野駅についてはそんなにイジるつもりはありませんでした。
参考:菰野町都市マスタープラン
中菰野駅と言われる由縁となった城の名残

ただ今は小学校になっているので、訪れる時はあまり迷惑にならんよう気を付けてください。
菰野城跡
菰野町立菰野小学校になっていて、周囲に城壕(堀のこと)が少し残っています。
他にあるのは石碑とか説明板くらいです。
湯の山線と国道306号線が交わるポイント辺りには櫓があったらしい。
そこも解説板だけ。
どうやら櫓の模型は菰野地区コミュニティセンターにあるそうです。
あくまでもGoogle口コミなどの情報なので、ホンマかどうかは分からん。
廣幡 神社
菰野藩主によって石清水八幡宮から神様のコピーを持ってきた神社です。
神社名だけでは分かりませんが、実は八幡系の神社。
この辺りは他に地元の神社が無いといってもいいくらいなんで、正月とかは結構人が集まるらしい。
お祭りは春と秋に行われますが、秋の例大祭は3日かけて色々と祭祀が行われます。
神輿の渡御、山車練り、舞楽奉納、相撲大会などあるので、ぜひ行ってみてください。
日程は毎年10月1日~3日です。
まとめ:中菰野駅あたりに城があった


と思うけど、菰野城が近くにあった事を理由に「中」と付けられたと考えらえます。
その城の面影はほとんど無いけれど・・・
菰野町に関する郷土資料は図書館にあります。
文化財の展示は定期的に行っているので、興味ある人は調べてから行ってみてね。
詳細はこちら→菰野町図書館
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