撮り鉄の鉄道ノート

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近鉄桑名駅、なんで特急停車駅なのに2面3線なの?

近鉄桑名駅、なんで特急停車駅なのに2面3線なの?

引用:Google Map

名駅は特急停車駅になるほどの主要駅です。(主要駅一覧にはありませんが)

だいたい、そんな駅って少なくとも2面4線になってそうなものですが・・・桑名駅は2面3線

2面2線の特急停車駅もあるけどね

ワイが気になったのは、ソコじゃなくて。

なんで中途半端に片側にしか待避線がないのか。

ちょっとだけ気になったので、調べてみました。

名駅が2面3線になった理由は

桑名駅が2面3線になった理由は

引用:Google Map

結論から言うと、スペース不足でしょう。

近鉄の桑名駅東側は養老鉄道養老線があり、西側は駅の外。

だけど、輸送力を増強するには待避設備が欲しい。

というわけで、なんとか片方だけ増やすことにした・・・と考えられます。

隣の益生駅とセット

名駅は名古屋方面ホームに待避設備があり、益生駅は四日市方面ホームに待避設備があります。

これで上下そろうので、特に桑名駅だけ特別2面3線にしたとは言えません。

ちなみに益生駅の待避設備は、新幹線駅みたいな感じです。

益生駅の待避設備

名駅の成り立ち

名駅は今3社の鉄道があります。西桑名も入れたら4つですが

できた順番は

1895年5月24日関西鉄道(のちに国鉄)が開業
1914年4月5日北勢鉄道(のちに三岐鉄道)が開業・西桑名駅
1919年4月27日養老鉄道線が開業
1929年1月30日伊勢電気鉄道(のちに近鉄)が開業

このように近鉄が1番遅かったのです。

まぁ養老鉄道三岐鉄道も一時的には近鉄だったんですが、それは置いといて

あとから来たこともあって、桑名駅の西側になんとか駅を置けた近鉄(当時は伊勢電)

こうして、今の桑名駅の原形が完成します。

なぜ最初から待避設備つきで作らなかったのか

おそらく資金難です。

1929年~1930年の間に、参宮急行がいっきに奈良県桜井から宇治山田まで開業させるのですが、この鉄道を作る工事、隠れてコソコソできるものではありません。

は?これから俺らが三重県牛耳ろうって時に、なんやねんあいつ

伊勢電は本来、ケンカをしてはいけない相手に対抗意識を持ちます。

養老鉄道の吸収合併や神宮への延伸。名古屋延伸を計画し、着々と拡大・・・

ですが、お金は無限に湧いてくるものじゃありません。

伊勢電は少しずつ消耗していて、仕方なく桑名駅を2面2線で開業したんじゃないかと考えられます。

しかも、このタイミングで昭和恐慌と社長の逮捕で大ダメージを受けて、ついには経営破綻。

そして戦争突入し、ゴタゴタとあって

落ち着いてきた1961年に桑名駅に待避線を追加しました。

益生駅のアップグレード

どうしてもスペースが足りなかったので、隣の益生駅に待避設備を作ろうとします。

ですが問題があって、益生駅もスペースに限りがあったみたいです。

そのため、桑名駅の更新から6年後の1967年に待避線が追加。

この工事のために、駅の移動や関西本線の移動が行われてます。

益生駅は元々もう少し北側にあって、駅舎からすぐでした。ですが、今は南へ歩いて構内踏切を渡るようになってますね。

これは駅舎スペースが確保できなかったのではなく、ホームを南に移動したせいです。

古い益生駅

1961年~1969年の国土地理院・航空写真

そして現在がコレ↓

今の益生駅

駅設備の位置が変わってますね。

関西本線も若干右に移動している・・・ようにも見えます。

やることが多かったみたいで、益生駅の工事完成が遅くなったんじゃないかなぁと思いました。

どうして桑名にこだわるのか

4社も鉄道駅が集まる桑名。そこまでして桑名に鉄道を通すには何か理由があるんじゃないか・・・

その答えは、約1000年前にさかのぼります。

桑名という所は、平安時代から物流の中継地点として栄えてました。

日本一の街道である「東海道」も通っている町で、木曽三川を越えてすぐの場所なのです。

昔はちょっとした橋なら作れましたが、さすがに木曽三川を越える橋は無理で、愛知から三重には船で行き来してました。

桑名の七里の渡

引用:Google Map

その船の着く場所が桑名で、今は「東海道の七里の渡」として残ってます。

熱田の七里の渡

引用:Google Map

反対側の愛知にも「東海道の七里の渡」があって、熱田神宮の近くにあります。

なぜ七里というのか、というと

桑名~熱田

引用:国土地理院

桑名~熱田まで、航路で約27.8kmあるからです。(最短距離に近いルート)

一里が約3.9kmなので、3.9×7=27.3km

近い数字が出ました。いつ、この名前が付いたのかは分かりませんが、距離はほぼ正確ですね。

現代の技術なら船でもそう時間はかかりませんが、昔は順調に行って4時間~6時間の船旅です。

なので、桑名は宿場町としても繁栄しました。ようは旅人や、物流屋の休憩地点のこと。

そのおかげで人・物・金がたくさん集まる地域だったんです。

近現代になり、鉄道会社は『ここに鉄道を通せば儲かる』と考えて、こぞって鉄道を通しました。

参考:名古屋市熱田区

近鉄の桑名駅は、これからどうなる?

近鉄の桑名駅は、これからどうなる?

近鉄は2023年より運賃改定が実施されます。

桑名市は観光資源もありますが、他社線もあって苦しくなるのか適当に考察してみます。

桑名の観光資源

桑名には有名どころでいえば「ナガシマスパーランド」「なばなの里」がありますが、他にも

  • 六華苑
  • 多度大社
  • 七里の渡し跡

があります。といっても多度大社以外は桑名駅からのアクセスが良いです。

多度大社は養老鉄道養老線多度駅が最寄駅。

結局のところ三交バスの利用に繋がるので、近鉄からしたら取りこぼしが少ない状態。

ちなみに養老鉄道も一応は別会社ですが、近鉄が95%の発言権を持ってます。

近鉄の利用者数はあまり変わらない?

いくら運賃改定が行われようが、JR東海の運行本数がショボすぎて、正直言って間に合いません。

ですので、客離れは限定的だと考えられます。

ちなみに運賃は、このようになってます。

桑名から近鉄JR東海
名古屋450円(530円)350円
四日市300円(360円)240円
700円(830円)940円
伊勢市1220円(1450円)1690円

津や伊勢市には近鉄の方が安く行けますが、近距離の四日市や中京首都圏の名古屋まではJR東海の方が運賃面では有利です。

しかし運行本数は約2.26倍と圧倒的な差があり、近鉄からの客離れは少ないと考えられます。

桑名市の人の動き

桑名市によると、昼間人口割合は92%ほどです。

つまり桑名市から他の地域へ勤務や通学している人の方が多いという状況。

もちろん桑名市の人が市内勤務、市内通学している人も居るでしょう。

参考:桑名市の現状と課題(PDF)

鉄道利用者はわりと居そうですね。

そして桑名市三重県では5位の人口(令和2年国勢調査

  1. 四日市市:305,424人
  2. 津市:274,537人
  3. 鈴鹿市:195,670人
  4. 松阪市:159,145人
  5. 桑名市:138,613人

四日市の住宅地って沿岸じゃなくて内陸の方ですし・・・そこに限ってJRは沿岸を通っているので、結局鉄道利用者は近鉄が便利なんですよね。

ですので、やはり客離れは限定的かなと考えられます。

参考:三重県

まとめ:桑名駅の中途半端さ加減はスペース不足と資金不足か

桑名駅の中途半端さ加減はスペース不足と資金不足か

なぜ主要駅なのに2面3線と中途半端なのか・・・

その原因の大半は、恐らくスペース不足です。

伊勢電にお金があれば最初から2面4線で作れたかもしれませんが、結構厳しい時期だったようですね。

2023年に近鉄は運賃改定を行い、JR東海との競合区間は厳しくなるんじゃね?

みたいな話があったか無かったか知らんけど、関西本線のスペックでは多分まともに奪いきれないでしょう。

今回はこの辺で。それではまた。

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