引用:Google Map
今回はかなり内容が少ないです。
だって、柏原駅に近すぎるんだもんよ・・・
柏原南口駅の歴史。どこにあった?なぜ移転した?
柏原南口駅の開業時期は2説あって
1911年11月12日と、1924年6月1日が挙がってます。
これは、古い駅を移転開業したのか、廃止からの新設なのかという意見割れのせいです。
大和橋駅が開業
1911年11月12日に大和橋駅として、柏原~道明寺間に新設開業しました。
大和橋というのは、近くに架けられた橋の名前。
引用:Google Map
この橋の元祖は奈良時代にはありました。
その時は「河内大橋」で万葉集にもその名称がありました。
万葉集9の1742・1743
河内の大橋を独り行く娘子を見る歌一首 并せて短歌
しなでる 片足羽川の さ丹塗りの 大橋の上ゆ 紅の 赤裳裾引き
山藍もち 摺れる衣着て ただひとり い渡らす児は 若草の
夫かあるらむ 橿の実の ひとりか寝らむ 問はまくの
欲しき我妹が 家の知らなく
大橋の 頭に家あらば ま悲しく ひとり行く児に 宿貸さましを
引用:河内大橋
どうやら立派な赤い橋だったようです。
ですが、この橋は大和川の度重なる氾濫で何度も破壊されました。
作っても作ってもぶっ壊れるので、面倒くさくなって船渡しにしたそうです。
引用:Google Map
これを機に藤井寺と柏原を繋ぐ橋も作ろう、という事になって民間で作成。
1874年に木造の橋が完成しました・・・が、2年であぼん。
1880年に新しく、しっかりした橋が作られました。(多分、税金を原資にしてる)
道明寺線の電化。そして移転
1924年6月1日、道明寺線を全線電化。この時に大和橋駅を移転しました。
そして今の柏原南口駅の場所に。
曽根悟(監修)『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 大手私鉄』3号近畿日本鉄道2、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉2010年8月29日、26-27頁によると・・・大和橋駅を廃止して、柏原南口駅を新設した。
という説もあるらしい。
移転にしては川を超えてますからね。完全に別エリアなので、後者の説もあり得ると思います。
移転前の場所について
どこ情報かは知らんけど、柏原南口駅のwikipediaには「現在地から600mほど道明寺寄りの対岸にあった」との記載が。
そこで地理院地図のツールを使って、どこなのか見てみました。
引用:Google Map
と思いました・・・ですが、それまでは土師ノ里駅が無かったのです。
その点も含めて考察すると
引用:Google Map
この範囲の町の需要に応えてたのかな?と思います。
- 土師ノ里駅の開業
- 丈夫な橋が完成
ということで大和橋駅の必要性が薄れたのでしょう。
柏原南口駅は必要だった?
必要というか、設置する理由はありました。
ですので、経営戦略(?)上は設置しても特におかしな事はありません。
まぁ未だに駅がある方が、なんで?とは思いますが・・・
駅の破壊もカネがかかるんで、よっぽどでないと廃駅になる事はないでしょうね。
もしくは営業だけやめるとか・・・将来的にはそれも考えられます。
まとめ:柏原南口駅は将来、消える可能性あり?
引用:Google Map
柏原市議会はバリアフリー化の検討をするよう、市に求めてはいました。
→2023年9月総務産業委員会9月20日
ただ、利用者数からして対象にならないし、柏原市にそこまでの余裕はないと思われます。
むしろ将来的には駅の営業休止も考えられるかも・・・
それくらいの危機感がある駅です。
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