撮り鉄の鉄道ノート

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服部川駅の配置、偏りすぎてない?駅のルーツであろう川はどこに

服部川駅の配置、偏りすぎてない?駅のルーツであろう川はどこに

服部川駅は信貴線にある唯一の途中駅ですね。

信貴線がそんなに長くもなく、2.8キロなのに河内山本から2km離れた所に駅があって、だいぶと駅の位置関係が偏ってるように見えます。

どうしてそんな配置になったのか、駅の元ネタであろう川はどこにあるのか・・・探ってみました

この記事の内容
  • 服部川駅の由来となった川、どこにあるの?
  • なぜこんな偏った配置になったのか、歴史から推察
  • 歴史資料館や古墳がある、服部川周辺

服部川駅は後付けじゃなかった。開通からこの場所に設置された理由

服部川駅は後付けじゃなかった。開通からこの場所に設置された理由

引用:国土地理院地図

服部川駅は近鉄信貴線にある、たった1つの途中駅です。

信貴線は営業距離が2.8キロ。

なのに駅間距離はかなり偏っていて

河内山本(2.0)服部川(0.8)信貴山口となっています。

後から追加されたのかな?

と思う・・・かどうかは知らんけど。こんな配置になったのには、わりとシンプルな理由だったと考えられます。

服部川地区

服部川は八尾市でも高安地区の中の1つで、まぁまぁ歴史ある所です。

1889年に服部川村は周辺の村と一緒になって、中高安村となってました。

1931年には合併して高安村に。

1955年に高安村は八尾市に編入しました。

参考:高安 (八尾市)wikipedia

大阪のかつての地形は、現在の大阪市付近のほとんどが河内湾(湖)だったので、ガチで昔っからの所は生駒山地沿いにありました。

河内国の古参神社である枚岡神社や恩智神社が、山地沿い

また、「高安古墳群」(高安千塚)として残っているものがあって、歴史の古さを感じる場所です。

ようは、服部川地区には人が結構住んでたって事。

山本~服部川の航空写真

引用:国土地理院地図/編集:撮り鉄の鉄道ノート

もう1つがこれ。1936~1942年頃に撮影された航空写真です。

鉄道や駅の配置も理由の1つだろうけど、山本と服部川の間は、ほぼ農地でした。

  • 服部川エリアは古くから人が住んでいた所
  • 山本と服部川の間は、ほぼ農地

という理由で、極端な駅の配置になりました。

服部川

服部川駅は1930年12月15日に開業しました。

大軌信貴線の開通時と同日です。

2005年4月15日に改良工事が完了。何が変わったかはハッキリとは分からないけど、駅のバリアフリー化かな?

1日の利用者数は1596人(2024年特定日の乗降人員)と、まぁまぁ利用されてます。

河内山本では(朝ラッシュ時)上本町行きとの接続が良い設定ですので、電車での通勤通学として使われているようです。

駅前に駐輪場があるので、多分これ以上何かする事もないでしょう。

どこにあるの?服部川

どこにあるの?服部川

結論からいうと、分からん。

地図などを見ても「服部川」と明記されているものは無いし、Google Mapストリートビューを見たけど橋の欄干などに名称が付いてなかったので、所在は不明です。

だけど

高安山麓に位置する。地内を谷川である服部川が流れる。
参考:先代地車探訪記 八尾市服部川八幡宮 服部川地車

このような記載があったそうなので、今でもあるかもしれません。

ちなみに「服部」は職業集団の服織部(はたおりべ)が由来とされてます。

  • そもそもが歴史ある地区
  • 近くには東高野街道がある(7世紀頃に整備?)
  • 服を織る人らや、その子孫が集まってたか

プラス川があった事から、服部川という地名が付けられた・・・・のかもね。(あくまでも推測)

ちなみに元々多かった服飾系?の業者は近現代にほぼ無くなり、現在は造園業や植木の業者に変わったとか。

参考:【広報コラム】「柏原の古道‐東高野街道‐」(2020・7)

服部川駅から行ける、歴史マニアにピッタリのスポット

服部川駅から行ける、歴史マニアにピッタリのスポット

服部川駅の周辺は一見、古めの住宅エリアに見えますが、その歴史は長いです。

ですので、一部の人にしか刺さらんけどそれなりに行ってみる価値があるスポットがあります。

八尾市立歴史民俗資料館

なんでこんな所?って思うような場所。服部川駅から北へちょっと歩いた所にあります。

理由は、高安古墳群がある服部川あたりに置きたかったから。

  • 観覧料:220円
  • 時間:9時~17時(入館は16時30分まで)
  • 休み:毎週火曜(祝日は開館)、年末年始、臨時休あり

さすが大阪でも古代から陸地だったエリアだったので、河内のふるーい歴史的な展示品があります。

俊徳丸鏡塚古墳

俊徳丸伝説の主人公、俊徳丸の墓とか言われてます。

あるのはほんの小さな塚だけで、あとは説明書きがドンと設置されてるだけです。

石室の前までは行けます。

ただし民家がすぐ近くなので、静かにしましょう。

俊徳丸伝説などについてはこちら→俊徳道駅は貴重な昭和元年にできた駅。坊主の説教が由来だった!?

服部川八幡宮

地元の神社です。駅からは歩いてすぐ。

八幡系なので、お馴染みの応神天皇です。

特にコレというものではなく、境内にある木のいくつかが八尾市の保全樹木に指定されてるくらい。

ここからちょっと離れた玉祖神社と一緒になったり、離れたりしてました。

先代地車探訪記には立派な地車が紹介されてます。

だけど、今は置いてあるだけのようです。

ですが祭りそのものは行われていて、毎年7月の海の日の前の土日あたりに代わりとなった太鼓台が奉納されてます。

まとめ:服部川駅にあった。八尾市の歴史資料館

服部川駅にあった。八尾市の歴史資料館

八尾市はかなりデカい市ですが、その歴史資料館がこんな所にあります。

公式には、服部川も含むこの辺りに高安古墳群があるからだ・・・と書いてました。

近鉄目線だとただの支線の途中駅なんですが、歴史から見るともっと注目されても良いような所ですね。

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