
恵我ノ荘駅は近畿エリアによくある「○○荘」という地名が付いた駅ですね。
荘とついた所は、かつて荘園(農地のこと)があったと言われてます。
恵我ノ荘駅も同じような歴史があったのでしょうか。
- 恵我ノ荘駅が開通と同時にできなかった理由
- 恵我ノ荘の由来、中心街はどこ?
- 大塚山古墳は仲間外れにされたの?
恵我ノ荘駅が出来た経緯。時期や名称の理由は

引用:国土地理院地図
線路は開通済みで、1922年4月に道明寺~布忍が開通。
ちなみに前後の高鷲駅、河内松原駅は開通した時に開業しました。
ですので、見た目的には追加で開業したような感じ。
恵我ノ荘駅は最初から予定されていた
恵我ノ荘駅はその成り立ちから、計画的に開業が後になったと思われます。
その理由は3つ
同じ日にオープンした駅は土師ノ里駅と、御陵前駅(土師ノ里~藤井寺間)です。
この事から恵我ノ荘駅の工事は優先されてなかっただけ・・・と考えられます。

元々そんなに人がいっぱい住んでいるような所ではなく、周りにチラホラと集落があったようです。
また、松原~高鷲間が2.6キロなので1駅置いて丁度いい感じとも言えます。
明らかに駅周りは道路が真っすぐ引かれているので、後からできた住宅街でしょう。
恵我ノ荘の由来。中心部は駅の近くじゃなかった
恵我ノ荘ってのは、
もちろん会賀荘っていう農地エリアがありました。
記録では日本書紀とか、京都の寺の文書(1004年)にあって歴史の古さを感じますね。
地名として「恵我村」は近年まで残ってて、中心部はこの辺り。
恵我ノ荘駅から離れているし、実は現在の住所上では松原市となってます。
他にも近いエリア名があるんですが、あまり大きくない事や歴史的な事など含めて「恵我ノ荘」に近い駅ですよと表す事になったのかな?と考えられます。
ちなみに「会賀」の由来は不明。
他にも採用された理由の1つとして、皇室に色々と献上していたちょっと特別な畑だったから・・・と思われます。
参考:恵我と会賀荘の成立
恵我ノ荘駅の状態。今後の変化は
恵我ノ荘駅は2面2線のよくあるタイプの駅構造をしています。
ただ、改札内で繋がっていないので、改札を通る時は気を付けないといけません。
だいぶと駅が小さくて、南海高野線の帝塚山駅に似たような感じです。
ですが、ホームドアの設置予定は未定。
恵我ノ荘駅の駅前広場は南側だけ。2024年9月にできました。
周辺整備事業もチラホラあるみたいです。
今のところ北側の計画は出てません。
恵我ノ荘駅も古市古墳群のエリアに見えるが、実はそうじゃなかった

引用:国土地理院地図
恵我ノ荘駅のちょっと北には古道「長尾街道」があり、道路沿いには重要文化財「吉村家住宅」があります。
これについては高鷲駅で紹介したので、詳細は→高鷲駅で。
他、あるのは大きな古墳と公立高校でした。
大塚山古墳
宮内庁により「大塚陵墓参考地」とされ、推定で第21代雄略天皇御陵となってます。
大塚山古墳の大きさは日本で5位の大きさです。
大仙(堺市堺区)>誉田(羽曳野市)>ミサンザイ(堺市西区)>造山(岡山市北区)>大塚山
ここは大正までは人が中で生活していて村があったそうです。
鎌倉~室町頃、丹下氏によって城が中に作られた事が要因でしょう。
そのため、四方から中に入るためのルートが今でも残されてます。
ただ、1925年に陵墓参考地となったため、宮内庁が立ち入り禁止としました。
一応、古市古墳群の1つとされてますが、世界文化遺産のリストには入ってません。
参考:大王墓の河内大塚山古墳
大阪府立大塚高等学校
大塚山古墳の近くにある公立高校です。
大阪の公立高校としては初めて「体育科」が設置された学校。
ということで、体育系の部活が盛んで全国大会によく出場するほどのレベルです。
普通科もありますが、難易度は中~中の下です。
ここをあえて選ぶなら、体育系に進みたい人で学費を気にするならピッタリ。
もちろん体育だけじゃなくてスポーツ栄養学やスポーツ医学なども学べます。
将来の仕事を決めているのなら、大塚高校がオススメです。
恵我ノ荘駅の元ネタは駅近くにあるのかと思いきや

駅近くの羽曳野市恵我ノ荘は、最近できたエリアだと思います。
特に駅周辺や北側は道路の引き方からして、間違いないでしょう。
恵我村と呼ばれていた所はだいぶ離れていて、今や松原JCTになっています。
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