
阿倉川駅はどう見ても川の名前から取ってますが、同じ名称の川が無いんですよね。
川が消えてしまったのか、それとも河川が由来ではないのか。
阿倉川駅の名称はどっから取ったのか調べてみました。
- 阿倉川駅の元ネタはどこに消えた?
- 阿倉川駅の構造が何かおかしい
- あの2つのトンネルは何だ?撮り鉄スポット
阿倉川駅の元ネタは今もあった。どうしてこうなった

阿倉川駅は、どう見ても河川から取ったような名前ですね。
近くに同名の川が流れてるんだな?
と思ったけど、見つかりません。
実はよく調べると、めっちゃ普通に川として存在してました。(しかも2級河川)
「あくら」の本来の漢字
結論からいうと、
読み方が全然違いますが、元々は「あくらがわ」と読まれてました。
海蔵 というのは漁の道具を保管する蔵のこと- 漁業が盛んだったため、倉庫がいっぱいあった
- 川にも海蔵と名付けた
- 江戸時代ごろに「あくらがわ」→「かいぞうがわ」と変化
- 地域名は漢字を変えて、読みはそのまま
となったそうです。
参考:YOUよっかいち
阿倉川駅の開業

阿倉川駅は1929年1月30日に開業しました。
四日市~桑名の開通日と同じ。
四日市の中心部に比較的近い所・・・とも言えますが、後に紹介する羽津城の影響も受けていた地域とも言えます。
といっても城がぶち壊されたのは安土桃山時代ですがね。
四日市の中心部は室町時代ごろから栄えてた所で、江戸時代に大きく発展しました。
ですので、鉄道が通った時の街並みは四日市からの影響の方が強いですな。
2面2線なのに、4線あった名残
阿倉川駅は2面2線の駅ですけど、ホームの外側にも線路があったんじゃねーかと思えるスペースが残ってます。
実は2018年まで2面4線駅でした。
これにはちょっと事情がアレコレあったみたい。
いらなくなったら無くすだけ。
長谷寺駅の側線が無くなったように、使わないレールははがされました。
また再利用されて、どっかに使われてるかもね。
昔の航空写真を見たら、霞ケ浦の方がスペースあるのに・・・阿倉川に設置された理由はよく分からん。
西口の駅前広場が完成
ちょっとした広場しかなかったんですが、しっかりとしたロータリーが設置されました。
明確に歩道空間も作られたし
屋根付きの駐輪場も付きました。
送迎用に車が6台ほど一時的に停められるスペースが用意されてます。
参考:中日新聞/近鉄名古屋線・阿倉川駅西口広場が完成。三重県四日市市が送迎ロータリーなど整備
阿倉川駅から行ける名所?や新施設

引用:国土地理院地図
阿倉川駅は四日市市の中でのベッドタウンみたいなエリアなんで、住宅街と商業施設が集まってます。
チラホラと寺社はありますが、そんな有名と言われるほどの所はありません。
羽津城山公園
撮り鉄スポットにもなっている所です。
阿倉川4号踏切で撮影されたと思われる写真を何枚も見た事があります。
そのトンネルの上にあるのが、羽津城山公園。
ここには羽津城がありました。
城の主は、田原氏です。田原氏は大友氏に仕えてた武将でした。
織田信長の伊勢侵攻で取り込まれ、小牧・長久手の戦いの後に廃城になりました。
まぁ公園と言っても遊具もなく、ただ地形がモリっとしてるだけの所で何も残ってません。
四日市大学
阿倉川駅からはバスで行けます。
私立大学ですけど、四日市市や四日市商工会議所が設立に関わったそうで、地元企業とのコネクションが強い大学です。
四日市だけでなく広いエリアに就職のツテがあるようで、無難に大卒から新卒として働きたいなら、四日市大学を選んでも損をしないと思います。
だけど、そこまで難易度の高い大学ではないので、頑張れる人は愛知の難関や国立三重を目指した方が良い。
東阿倉川に何かできるぞ
この空き地に複合商業施設ができるようです。
どうやら注文者は大和ハウス。
だけど、実際にできるものは大和グループかどうかは分からんみたい。
広さ的には、そこまでデカいのはできないと思いますが、周りの人らにとっては嬉しい事だと思います。
現在、工事中で・・・今の所は2026年12月31日に完了する予定らしい。
まとめ:阿倉川駅の元ネタは気付きにくいだけで堂々としてた

阿倉川駅の元である河川は無さそうに見えるけど、堂々と残ってました。
海蔵川がそれで、今は読み方が違うだけで元々は「あくらがわ」と読んでたそうです。
江戸時代に影響力はあるけど学の足りてないのが読み間違えて、それが広がったんですかね?知らんけど
ふと、そんな事を感じました。
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